なぜ殺たし
「なぜ××したし」



高校生~二十代前半くらいの人が運営するウェブサイトを閲覧していると、ラフな口調の表現として「なぜ~したし?」というのをちょくちょく見かける。
疑問詞なぜ+動詞連用形+完了助動詞「た」+助詞「し」、だと私は思っていて、助詞「し」は並列を表す接続助詞か「○○だろう・でしょ・しろ」「いや、××だし」という相手の予想・主張を否定する文脈で用いられる終助詞のはずなのに、どうして「なぜ」で始まる疑問文に付いてるんだろうなーと不思議だった。
(ぐぐってみるに、助詞「し」の本来的な用法は接続助詞で、終助詞的な使い方は割と最近のものでオフィシャルな文法ではないらしい。恐らく、「いや、××だし、△△だし、□□だし、だから○○ではない」と複数の論拠を挙げて相手に反論する表現からの派生だろうな。「○○ではない」と否定するのに、実際に口に出している論拠は××しかないけど、言わないだけで他にも論拠はあるんだよ、あるいは他にも論拠はあるけど××という論拠だけで十分でしょ、そのくらいあなたの主張は根拠が薄いんだよ、というニュアンスを匂わせるための終助詞)
「~したし」と言う場合、「~した」ことは基本的に発言者の主張の論拠であり、そうすると「なぜ~したし」の「し」は私の知っている接続助詞・終助詞の「し」とは用法が異なる。発言者は相手が「~し」ていることが気に食わない・予想外であることを強調でもしたいのかなぁ、とぼんやり思っていた。終助詞「し」は口語性が強いから、ネット特有の若者言葉なんだろうなー、とも。

で、さっきそのことを思い出したのでぐぐってみた。掲示板起源かなと思いきや、動画サイトから来た言葉らしい。動画上に閲覧者のコメントが流れる、あの動画。なんでも、本当は「なぜ殺した」(この台詞の元ネタはエヴァだろう、とのこと※)とコメントしたかったのに、バグで「なぜ殺たし」と表示されていて、それがまあ、面白かったのでわざと「た」と「し」を入れ替えた表現が流行ったらしい。

※テレビ版エヴァの再放送を観たら、確かに「何故 殺した」という台詞があった。台詞というか、黒背景に白文字で表示されるあの演出で。(2009年8月4日追記)

(「なぜ殺たし」の構造は、「殺す」の連用形「ころし」を語幹「ころ」と活用語尾「し」に分解し、「ころし」の後ろに付いていた終助詞「た」を「ころ」と「し」の間に挿入したものということになる。「ころたし」=殺すの語幹「ころ」+終助詞「た」+殺すの活用語尾「し」)

ではなぜ私がよく目にするのは「動詞連用形+たし」の形で「動詞語幹+たし」ではないかというと、どうも「なぜ殺たし」から派生した「なぜ消したし」が元らしい。「殺す」の語幹は「ころ」で「なぜころたし」は六音節だが、「消す」の語幹は「け」だから「なぜ消した」を「なぜ殺たし」式に言い換えると「なぜけたし」の五音節となり、語呂が悪い。なので、「なぜけたし」に一つ余分な「し」を補って「なぜけしたし」と言うようになったらしい。「なぜ消したし」は感覚的には「なぜ」+「消す」の連用形+たし、と取れるので、以後これに倣って「なぜ」+動詞連用形+「たし」の表現が広まった、と推測される。
なお、「なぜ消したし」との類似性を重視するなら「なぜ~したし」となるのが望ましいので、「なぜ~たし」表現は連用形の活用語尾が「し」になる動詞についてのみ使われることになる。サ変・サ行上一段・サ行五段。サ行以外の上一段・五段と、カ変・下一段は無し。ただ、こういう口語表現は正しい正しくないをあまり考えずにフィーリングで使われるものだから、「なぜ来たし」(カ変動詞の連用形に「たし」がくっついているだけなので、「たし」の「し」の出自が意味不明な上に、「たし」の直前に「し」が無い。しかも音節も五音節)という表現を見かけても(「なぜ消したし」を知っていれば)特に不自然とも感じないで「なぜ消したし」のコロラリーだな、と思う。私は。
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by navet_merci | 2008-12-08 22:53 | 言い回しとか
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