身に覚えがある
「陸影を見ず」 曾野綾子
※本の内容にはあまり触れていない。



半径rの球体があるとする。その球体の赤道(あるいは赤道に当たる稜線)から丁度1の距離に浮かせた紐の長さは、当然ながら赤道のそれよりも大きくなる。但し、その差は、rの値に関わらず球体の半径よりも2πで固定されている。

球体の赤道の長さ→半径rの円の円周=2πr
紐の長さ→半径(r+1)の円の円周=2π(r+1)
よってその差は、2πr-2π(r+1)=2π

球体の半径が1mmでも100kmでも、紐と球体の距離が1cmなら球体の赤道と紐の長さの差は2πcmとなる。面白いよね。


というような話を、主人公である加納知世さんが大学受験生の息子に対してする場面がある。

数学にあまり強くないらしい息子さんは、計算式を立てることすらおぼつかず、また出てきた結果にも関心を示さない。数学の文章題としては中学校レベルの問題だから、要するに式を立てて考えようとするだけの意欲が無かったということだろう。


ストーリーの本筋との関係ではさほど重要でもないこのエピソードが、妙に気になった。

なぜなら、これと全く同じ会話を大学受験生だった頃の自分が父親と交わしていたからである。私は加納さんの息子と違ってこの問題にがっつり食いつき、出てきた結果に「感覚的に納得できない!」と何に対してかすら自分でもよく分からない感じの抗議すらした。

まあ、それはいい。


気になるのは、「大学受験」「父との会話」というシチュエーションの類似性だ。

加納さんは船に乗る人なので赤道云々の話が雑談ネタとしてストックされていても不思議ではない。しかし私の父は文系の仕事をしている。

世のお父様方というのは、大学受験を間近に控えた息子・娘とコミュニケーションを取ろうという時にこの手の話を振ってくるのが普通なのか。それとも、父の話の元ネタはこの本だったのか。

すごく気になる。
[PR]
by navet_merci | 2011-02-26 02:16 | 本の感想
<< ラカン:三人の囚人 シュレディンガーの猫について >>