勝手に共感
鵲の渡せる橋に置く霜の白きを見れば夜ぞ更けにける

本の感想というか歌の感想。




昔の人も大概夜更かしだよね。することが無いからやたら空見上げてるし。というか、何かしていたなら歌なんて残らないよねとゆー話。そして私はネットにつなげなくても毎日夜更けを見ている訳で。

現代語訳:天の川にかささぎが渡した橋に降りた霜が白いのを見ると、夜も更けてしまったなあ

大友家持さんの歌とされているそうな。ただしこの歌は彼の家集には入っていないので怪しいとも。例によって百人一首。
「かささぎの渡せる橋」は、七夕になるとかささぎが天の川に橋を架けるという伝説を踏まえたもの。宮中のどこそことする説もあるそうだけれど、頭悪そうに空を見上げる図の方が好き。

「橋」に「霜」が降りるのは夜更け。歌の中の「霜」は天の川の白さを指すらしいので最初から霜が降りていたことになるのだけれど、この辺の無理のある時間感覚がまた素敵。そもそも天の川は夜空に出てきた時点からして白いのであって夜更けじゃなくても白いものなのに、それを見上げて、「あー霜が降りてるもう夜更けなんだなー」って!白い→霜だ→夜更けだ、という命題が短絡的というかいい加減というか。

本当は、今が夜更けなのかどうかなんて分からなかったんじゃないかなー。夜になって長い時間が経った。天の川が見える。白い。じゃあ今は夜更けであれは霜ってことでヨロシク。みたいな。夜更かししすぎて割と非常識な時間になってしまった(らしい)ことを、投げ遣りに認める姿勢に親近感を覚える。織姫と彦星ならば年に一度は会う機会が与えられる訳だけれど、その二人とは違ってかささぎが橋を架けてくれることすら無い断絶の暗示。しかしその断絶を、少なくともおおっぴらには嘆いていないのだと思う。橋の向こうの誰かさんを想定してみると、やる気なさすぎだろと突っ込みたくなるもん。

邪推だけどね。大伴家持は万葉集に滑り込み世代の歌人なので、こういうベクトルの解釈はかなり間違っているのではないかと思う。こういうベクトル→他人とか外界が介在しない自己完結的な鬱屈。これだと、ますらをぶりもたをやめぶり(だっけ?)もあったものじゃない。電子辞書の解説にも雄大な歌だとか何とか書いてあったしね。百人一首の解説本でも読まないとなー…


別のブログ用に書いたんだけどそのブログを削除してしまって行き場の無くなった記事。パソコンのお陰で夜更かし習慣を身に付けたはいいものの丁度この時期にパソコンが使えなくなって、深夜未明になっても眠れなかった頃に書いたもの。保存時刻を見たら一年以上前でびっくり。しかしナイーブだな。自己投影が激しすぎて曲解のきわみだよ。
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by navet_merci | 2008-06-13 22:34 | 本の感想
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